目の前で、オッサン同士がいちゃついているのから目を背けたくて書くエントリ。
僕も飲んではいるのだけど、所謂、壁ドン状態のおっさん二人を目の前に乗る、電車は、現実逃避するには十分過ぎる状況だろう。
きっと、彼らは客観的視点を失っている。
それはきっと、男女のカップルでも発生し得る事だし、男同士だからという理由で目を背けたくなる訳ではない。これが、アニメで表現されるような美しい同性同士なら、いややっぱいたたまれない。
僕も、スケベではあるのだけど、時々、時々、女性の毒々しさにあてられることがある。そんな時に思うのだ、男とか女とかなくなってしまえばいいのに、と。
でも実際そんな事になってしまったら僕はきっと生きて行かれないし、そんな世の中は退屈極まりないだろう。
世の中はきっと、客観的視点って呼ばれる、自己を対象化する能力と、感覚器官に根ざす感覚から、総合的に得られる世界の情報を処理する、価値基準によって成り立っている。
自己規定をしてしまえればきっと、楽になる。自分は○○だって言い切れるのならなね。
でもきっと、僕らはそれが出来ない。希望を持ってしまうからね。
でも良くない?
こんなさクソッタレな世の中で、自分に都合の良い解釈したってさ。
僕らはきっとオズのクリーチャー。欲しいものは最初っから僕らの中にあって、探すまでも無い。
単に認めりゃいいんじゃない?
ただ僕の前でいちゃつくな