幸福のヒント?

僕による僕が幸福になるための、ヒント集にするつもりだけど、だいたい愚痴、ときどき妄想、たまに詩っぽいの

病み猫と僕 1

世間様は絶賛自粛中だというのに、自粛出来ない僕は、趣味の一つである自転車のメンテナンスを楽しんでいた。

 

メンテナンスしたらさ、試し運転、慣らし運転したくなるじゃない?僕は迷いなく、慣らし運転に出かけたさ。

 

季節は4月。自転車乗るにゃ良い季節で、暖かな日差しと、時折吹く、冷たさの残る風。気持ちの良いものだ。

 

気付くと、そこそこの距離を走っていた。

そろそろ一服、と思い自転車を止めると、交差する向こう側にちょっと休むにゃ絶好の公園があった。

 

その時、なんか視線を感じたんだ。

見回しても人は居らず、田舎の田園風景が広がるばかり。視線を、下にずらしてやっと見つけた。猫がこちらを見て、口を開いていた。

 

自転車を降りて、近づいて見ると鳴いていたらしい。一生懸命、僕の目を見ながら、きっと精一杯に何かを訴えて、鳴いていた。でも、僕にはその声は届かなかった。声が、出ていないのだ。

 

耳は毛が剥げて爛れ、端っこは壊死し始めて、ギザギザになってて、膿が流れているのが目に見える。

 

片目も赤く、膿が周りに付いていて、一見して何かの病気にかかった猫だと分かった。

 

僕は心を痛めながらも、自分の無力さを弁えて、ゴメンな君の訴えている言葉がわからないって、心の中で謝りながら、その子の脇を抜け、公園のベンチに向かった。

 

ベンチに腰を下ろし、タバコを取り出した。

暖かな日差しに伸び始めた雑草の森がカサカサと鳴る。見ると、さっきと同じように、声にならない声を出しながら僕を追って来た猫がいた。

 

その子は、全身が見える位置に来ると歩みを止め、僕の目を見つめながら、声にならない声をあげ続けた。僕も、見つめ続けた。

でも、わからない。君が何を言っているのか。

 

もどかしさを感じたのはお互い様なのだろう、その子は、声にならない声を上げながら、じわりじわりと近寄って来た。僕は、吸いかけのタバコが、もとの形のまま灰になって行くのを感じながら、動くことができなかった。

 

近付けは近付く程に、病の深刻さが分かって来る。コロナ禍の最中に病んだ猫。同居している年老いた両親の顔が思い浮かび、腰が浮きかけた。でも、その子の真剣さに僕は動くことができなかった。

 

人慣れた子だったのかもしれない。僕が手を伸ばせは届く程の距離にちょこんと座り込んだその子は、僕の目を一生懸命見つめて声にならない声を上げ続けた。

 

僕は思わず手を出していた。

首の後ろの、まだキレイな辺りを撫でた。

それで何かが壊れたのだろう、その子も遠慮がちに近付いて来て、もっと撫でろと要求する様に、僕に寄りかかる様に、背を預けて来た。

 

人恋しかったのかな?

僕はそんなことを思いながらその子を撫で続けた。

 

手には、痩せ細った猫の骨格の感触。

撫でる手を動かす度に、触れている命の儚さを感じた。

 

そんな僕の想いを余所に、その子は慣れてきたのか、ジリジリと身体を僕に寄せ、最後にはピッタリと座る僕の脚に寄り添う感じで、気持ち良さげに目を閉じていた。

 

首輪もしていない病み猫。おそらくは野良で、もしかしたら人に飼われていた事もあったかもしれないが、その割に不器用なその子は、声も失い、もしかしたら光さえ微かだったのではないだろうか。時々、僕の方を見上げ、そこにいるのを確認する様にしてはまた目を閉じていた。

 

タバコがすっかり灰になる頃には、その子から撫でるように催促して来るようにまでなっていた。

 

僕の着ていた白いTシャツに顔を擦り付けるように甘える。耳が触れた箇所は、茶色いシミが付いた。切なかった。

 

もし僕が一人暮らしだったとしても、果たしてどこまでの事が出来ただろうか?家に連れて帰る?この子を飼えるのか?いろいろな事を考えたけど、全部現実的では無かった。

 

スマホで近隣の獣医を検索した。空いているところは無かった。僕に何が出来る?僕にはもう一本タバコに火を着けるくらいしか出来る事は無かった。

 

これ何かに似ている。あぁ、そうか、夜のお店に行って、付いてくれた女の子の不幸話を聞いた時に似ている。同情は出来るけど、救えないし、救う事を望まれてはいないのだ。

せいぜい、好きに飲んで良いよ、くらいの遠回しな気遣い位でちょうどいい、らしい。

 

2本目のタバコは、しっかりと吸い込み味わいながら考えた。


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僕にこの子は救えない。

 

せめてこの子が生きていた事、ここにいた事を忘れずにいてあげる事くらいしか、僕には出来ない。

 


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2本目のタバコを吸い切ると、僕はベンチを立ち、自転車に跨がった。

 

生きていたらまた会おう。

そう告げて、漕ぎ出そうとする僕の脚に縋りつこうと言う素振りを見せたけど、力無く、前脚をあげるだけだった。

 

僕は哀しみを覚えながら、漕ぎ出す脚に力を込めた。