今も世界の何処かで、日本の何処かで暴力が行使されている。
僕はね、暴力を全否定はできない。なぜなら、僕自身が状況さえ整ってしまえば、いくらでも、どんなにも残虐に暴力を振るえる可能性を否定できないからだ。
でね、思うのだけど、暴力ってのは概念でしかなくて、命がそれを維持する為の1つの必須な行動なのだと思う。
牛や豚、鳥に、植物に、様々な生命を殺して僕らは生きているのだから、それと同じ理屈で、僕らは他人に暴力を振るうのだと思う。
それを業と呼ぶのだろうけど、業はさ、結局のところ、人を生物から1段高い位置において初めて得られる認識だとも思う。
それが正しいのかどうかではなくて、ファクトとしてそれを認めた上で、語れる考えと言うものもあると思うのだ。
でも、そこに人は理由をつけて正しいことのように語る。
正しさってなんだ?