もう僕は36歳。
本を読めるようになってからはたぶん30年も経過している。
その間にいろんな本を読んだ。
あまり、自分のことに自信を持っていないけど、読書量だけはそれなりという自負がある。もちろん上には上がいるんでしょうけどね。
さて、読書の対象について、なんです。
どんな本をお好みですか?
僕は小説からルポ、まぁ雑食性です。
ただ一定の割合でファンタジーが含まれます。
ファンタジーと言っても「剣と魔法」的なファンタジーではなくて、いわゆる似非科学的なものです。
もちろん幼い頃は「剣と魔法」でしたけど、さすがにいい歳になってからは積極的には読まなくなりました。でもそれでも一定の割合でファンタジーが含まれるのです。
正直に言えばたぶん大好きなんですよね、似非科学。
言い方変えると、いわゆるオカルトなんでしょうけど、嘘っぽいけど本当らしさを纏ってるあの感じがたまらなく好きです。
で、時々出会うんですよね、「あれ?これって意外とマジじゃね?」って感じのオカルト。
そんでもってふと思ってしまったんです。
「どっかからがオカルトでどっからが科学なんだろ?」って。
あ、厳密な定義を求めているわけじゃないんですよ。STAP細胞騒動ってあったじゃないですか?あれ結局無かったんでしょ?もし存在したら、それこそ過去の基準で言ったらオカルト的な存在だと思うんです。実在しているES細胞だって、SF的なものじゃないですか?
オカルトとSFの境目ってなんなんでしょうね。SFは大体のものが実現されつつありますけど、オカルトは相変わらずオカルトですよね。その違いについて考えてみました。
飛躍した仮説と論理の飛躍
これだと思うんですよね。SFって定説から飛躍した仮定を論理的に詰めていって、ボトルネックになっているところを解決したって体で話が進んでゆくので、ボトルネックさえブレイクスルーしちゃえば実は実現が容易だったりします。一方でオカルトってのは、定説から飛躍した仮定を、飛躍した論理で解決しちゃうので、実現ができなくなっている。
以上のことを考えると、数多あるオカルトを論理的に詰めて行って、ボトルネックを特定した上でブレイクスルーを待てば意外と多くのオカルトは実際の科学に昇華できるんじゃないでしょうか?
な~んてね、36歳の考えるファンタジーでした。
あ、でもたぶんですけど、多くのオカルトは実現可能なものだと思いますよ。