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幸福のヒント?

僕による僕が幸福になるための、ヒント集にするつもりだけど、だいたい愚痴、ときどき妄想、たまに詩っぽいの

林先生に嫉妬する

これまた雑感なんですけどね。

「今でしょ?」でブレークした林先生。

もうかれこれ4,5年前くらいですかね?今やすっかりタレントとして定着した感がありますね。元々あんまりテレビなんて見ないから、流行っているのも子供たち伝手に知ったようなものでした。当時はなんかある種の「キワモノ」なのかな?なんて思って意識さえしていなかったのですが、最近になって嫉妬と言うか、なんていうか微妙な感情を抱いてしまいました。

 

もう、僕はこの業界を去るので、同業者としての嫉妬なのかと言うと、たぶん違うんですね。そもそも同業者ではありますけど、立場は全然違うわけですし、いや、ある意味で今年度は僕自身も授業をたくさんしていたので、立場的に近くなったからってのもあるのかもしれませんが、同業の人に対する嫉妬を持てるほど僕は今の仕事に期待感を持っていないと思うのです。

ただね、大学受験生の現代文を指導してて思ったの。「これ面白いなぁ」って。

現代文の問題って面白くありませんか?

ちょっと赤本とか買って読み尽くしたい程に面白いと思ってしまいました。

問題は別に解きたくないのです。解いて正解すれば「フフン♪」って感じですけど、間違って解説とか読むと「そんな~こじつけじゃねぇか?」なんて思う。たいてい正解できちゃうのですけど、正解しちゃえばしちゃうで、あのいやらしい選択肢から適切なものを選べちゃう自分が嫌になるし・・・ま、とにかく問題が面白いと言うより、その課題となる文章が面白いと思うのです。

そして多分、僕が林先生に嫉妬しているのはここなんだと思う。仕事としてこんなに面白いものを読んでいること、さらにはやっぱ教えるって面白いですからね。それを求められるってところにうらやましさを感じてしまったのだと思います。

現代文の、特に論説文って10代の子供たちにとっては本当に関係のない内容が多いと思うのです。社会に出て、辛酸を舐めて、人生に迷ったときにこそ、インパクトを与えてくれるようなそんな内容が多いような気がします。そして、その傾向としてはどれも専門書ではない、入門書レベルの文章であること。だから何の専門的な知識がなくても読めるし、場合によってはそれを入口により専門的な知識を手に入れるきっかけになるかもしれない。そう、なんかWikiを読んでるような、そんな感じ。

現代文の課題となるような文章は、たぶん文章としては決して上手なものではないのだと思うのですけど(だから問題が作り易いんでしょうし)、その指摘している内容は実に世の中を知るためには良いものがあって、具体的な年度までは忘れましたけど、センターの過去問で通貨についての論説文は、クリプトコインやあるいは仕事に対する意識とか、そんなところまで想起させるような内容でした。

んで、なんか林先生の博識さが納得いったのです。現代文の講師やってればそりゃいろいろなジャンルの知識を手に入れるきっかけには事欠かないなぁって。

でも知識があることが羨ましいんじゃないと思う。

僕は、新たな知識と出会う、スリリングな瞬間が楽しい。

そんなスリリングな瞬間を仕事としてできる林先生が羨ましいのかな?

って考えると僕は何になりたいんだ?