幸福のヒント?

僕による僕が幸福になるための、ヒント集にするつもりだけど、だいたい愚痴、ときどき妄想、たまに詩っぽいの

今年のまとめ③ 世界とこれから

僕は常々、ネットの世界の恐怖を自分の都合のよい情報だけを集めてこれてしまう点にあると考えている。この世界をどう見るか。いや、そうじゃないか、自分自身の今を説明しようとしたとき、自分以外の何かに原因を求めようとして、僕はそのために都合の良い情報を集めてしまう。そして、最後にはこう言いたいんだろう「ほら、僕は悪くない」。

僕が不幸だとすれば、そう言う自分に気づいてしまっていることだ。

いっそ、世の中を恨んで、世界の矛盾を指摘して、その批判者として、その裁断者として、あるいは被害者として生きてゆく方が楽なのかもしれない。

そして、それは同時に僕が幸福である証拠でもある。だって、その気づきは、僕はまだどうにか自分で自分の人生をコントロールするつもりでいる証拠だから。

ま、僕のことはさておこう。

世界について。

現在ってたぶん、情報における真実性の価値が下がっている時代だ。

歴史がそうであるように、「本当のこと」ってのはたぶん人の数だけあるんだと思う。何が本当で何が嘘かなんて、実は今までだって、どうでも良いことだったのかもしれない。そして、それはこれからも変わらないだろう。より真実らしく思えることが、信じられて真実になり、嘘のような本当の話は嘘になる。

2011年東日本大震災メルトダウンはしていない」。

2015年東芝粉飾決算は相変わらず「不適切会計」。

ある意味、これらのことは起こるべくして起きたことだと思う。

僕が社会人になったとき、僕の感じた違和感は今ならキチンと説明できる。

小中学校という義務教育内で教わる内容は、「物語」だったということを高校や大学でうっすらと気づかされて、社会に出ると確信に変わった。

「弱いものを助けなければいけません」

「人の嫌がることはしてはいけません」

「悪いことはしてはいけません」

「人々は公平でなければいけません」

社会に出ると、限られた富を巡って行われるゼロサムゲームにおいて、人はそれぞれの正義をかざし小中学校で教わったことを独自の解釈で実行する。そして僕はそれらのことを手放しに非難できない。だって僕だって、今、好きな人に対して「たとえ世界中が敵になったとしても、僕は君の味方」と言えてしまうから。

東芝やシャープの社員さんにも家族がいて、一生懸命出世や仕事のために、頭髪や肌つや、視力やら様々なものとの等価交換でいろんなものを失って得た現在、それを守るためにした判断。僕はそれを責めることはできない。外野はそれをモラルハザードというのかもしれないけど、それは彼らが守るべきものを守るためにした判断だったのではないだろうか?そう考えるとさ、たぶん東芝やシャープだけで終わらない気もするし、きっとある種の生贄だったんじゃないかって勘ぐってしまう。ま、とにかく本当のところどうだったかってのはわからないけど、これから東芝やシャープの中の人は大変そうだ。と言うか日本と言う国が大変そうだ。

さて、次はワールドワイドに。

今年一番のマスコミのスターはISだろう。

ISの行っていることを肯定はできないし、賛同もできないし、もちろん黙認すべきではないと思っている。でも、ISの背景について欧米諸国は反省すべきだとも思う。と言うよりは人類はって言うべきなのかもしれない。

暴力が連鎖している。

僕にはそれを止める術はなく、解決する方法もわからない。

でもひとつだけ確かなのは、僕自身は自分の意思でどうにでも動かせるはずなんだ。まだ自身はないけど、僕は例え日本が9条を捨てても、一人でも戦争を放棄しようと思う。暴力を放棄しようと思う。

世界中が個人個人で戦争や暴力を放棄できたら・・・いいのかもしれない。

 

10年後の世界から今日という日を僕が振り返ることができるかどうかもわからないけど、それができたらきっと僕は今感じていることとは違う何かを感じることになるのだろう。それは、僕自身が変化しているというのもあるのだろう。

このエントリを見返すことがあるかはわからないけど、もし見返すことがあったらきっときっとその時も僕は世界とともにあり、世界について考えていられる人間でありたいと願う。

 

そろそろ酔いがいい感じに回ってきた。

次で最後。