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幸福のヒント?

僕による僕が幸福になるための、ヒント集にするつもりだけど、だいたい愚痴、ときどき妄想、たまに詩っぽいの

テロが悪いのか?

テロは悪いことです。

以上。

って終わっちゃうと、さびしいので、もう少し。

なんか「誤爆の被害者達にとっては有志連合の誤爆もテロだ」って言う古舘さんの発言が話題になってるようですが、賛否どちらもあるみたいですね。

テロの定義がどうだとか、なんだとか僕にはわからないけど、確かに一般人がなんの警告もなく殺害される点で、テロも誤爆も同じことだし、被害者の感情としては差は無いのだと思う。でも、それを意図して行うのと、結果としてそうなってしまったの、そしてそうなることを恐れつつそうなってしまったことは大きく違う。だから言葉は選ぶべきなんだろうなとは思う。
 
でも僕が言いたいのはこんな結論。
テロだろうがなんだろうが、暴力が悪。
結局のところ、人間の尊厳を無視する行為が悪なんだと思う。
 
その点で言えば言葉だって十分に暴力を内包している。あるいは、それは包丁のようなもので、状況としてその使われ方によって十分に凶器になり得るし、狂気を生み出せる。
 
人が死ぬと言う事実よりも、それにどのような意味を与えるか。
 
それによって被害者の死は美化されて、加害者の死は惨めなものとなる。
残された僕らが彼らの死に与える意味を彼らが喜ぶことはできないのだろうけど・・・
 
人が死ぬと言うことを、僕らはあまりにも記号的に捉えていないだろうか?
 
レバノンで3日間かけてパリで死んだ以上の人数が死んでも、ナイジェリアで少女たちが爆弾を身にまとって散っていっても、ほんの数行の、あるいは写真くらいはついているのかもしれないが、わずかばかりのスペースに慎ましやかに扱われる。
 
そしてそれ以上に大きく取り上げられるチャーリーシーンのHIV感染。
 
なんか僕はとても不思議なものを見ているような気分になる。
 
扱いの違いは都市の違いなのかな?
パリだったから?
正直なところ、ナイジェリアで何かが起きても僕はもう「またか・・・」と言う感想になってしまう。レバノンに関しては、もう「まだやってるのか・・・」かな。
 
パリと言う都市が先進国の都市だから?
そこで「起きるはずもないこと」だから?
 
でもね、調べてみたら恐ろしいことがわかった。
 
2014年テロの被害にあって亡くなった人の数が3万人を超えたとニュースになっていた。
 
日本と言う国は、日本の社会は、毎年同じくらいの人を死に追いやっている。
それも自ら死を選ばすと言う残酷な方法で。
そして、誰一人そのことで罪を問われることもない。
 
「1人殺せば殺人犯、1000人殺せば英雄」
 
テロを擁護する気など、これっぽっちもないけれども。
テロを憎むより、テロを力で封じ込めるよりも、テロが生み出されるその根本を考えてみないといけないんじゃない?
 
日本には毎年3万人もの自爆予備軍が存在している。
 
死を賛美しちゃいけないとはいわない。
太平洋に散ったわだつみの声は美しい。
 
彼らのの声が美しければ美しいほどに、戦争の醜さが際立てばいいと思う。
そして、彼らの死が無駄でなかったと、言うためにも、僕はあえて言う。
 
暴力は何も解決をしない。
 
 
ん?
 
僕が大事な人を傷つけられたらどうするかって?
 
もちろん、遠慮なく暴力に訴えますw
 
僕はそんなにできた人間じゃないもん。
 
そして、きっと後悔するんだ。
 
人類はまだ後悔し足りないのかな?