読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

幸福のヒント?

僕による僕が幸福になるための、ヒント集にするつもりだけど、だいたい愚痴、ときどき妄想、たまに詩っぽいの

祖父が倒れた。
すっごく大事な約束がったけど、でも、祖父の急変の方を優先した。僕が行ってもどうなるもんでもないのだけど、でも自己満足でしかないのだろうけど、僕は駆けつけた。
94になる祖父は、未だに自民党員でこの夏に会ったときは党の会費を値切ってたw僕の仕事を学校の先生と誤認してしまうほどの認知の問題はあるものの、元気な祖父だった。
僕にとって祖父のイメージは正に、不遜なのかもだけど、彼だった。
父方の祖父は僕が物心ついたころには既に高齢で、その声も記憶にない。母方の祖父である彼は父や母に代わり僕を叱ってくれるほど元気な人だった。

祖父の腕には銃痕がある。日中戦争時に得たものだと聞いた。今の若い人にわかるかな?映画「星の王子様ニューヨークに行く」に出てくるマクドウェルさん、あるいは映画「ロクアップ」に出てくる看守、はたまた映画「ダイハード2」に出てくる特殊部隊の隊長のような見た目の祖父は、見た目は凄く人の良さそうなお爺ちゃんだ。その祖父が銃を構え人を殺そうとしていた。そして、人に殺されそうになっていたという事実は、僕にとって衝撃的だった。それが僕の戦争観に大きな影響を与えたのは言うまでもない。

戦後、彼はその兄と起業した。具体的な名称は身バレする恐れがあるので避けるけど、その会社は一時はテレビcmを流すほどの企業になった。今は僕がテレビを見なくなってしまったので、わからないけども、僕が大学生のころはたまにその企業のcmを見ることがあった。
母が生まれ、母が成人するころ、同じ頃に母の従兄弟、つまり祖父の兄の息子も社会人となり、跡目争いを避ける為に祖父はその会社を退職し、自ら小さい町工場を作った。その会社は今では僕の叔父と従兄弟が切り盛りしている。

そんな祖父の生きざまを僕は憧れの視線をもってずっと見ていた。未だに僕が起業にあこがれてしまうのは、祖父の影響なんだと思う。実は父方の祖父も起業家だし、父の引退とともに廃業はしたけど、父方の叔父も起業家だと言うのもあるのかも知れないけど、一番の影響は、母方の祖父から受けたのだろう。
そんな祖父が倒れた。今は小康状態を保っているけど、年齢から考えても、覚悟はしばければならない。

僕は後悔している。
僕は憧れると同時にライバル視していたのだ。祖父に負けたくなかった。いや、勝ち負けではないのだろう。祖父をよろこばしたかった。僕が起業し、それなりに切り盛りしてゆく姿を見せてあげることができたらきっと祖父は喜んでくれるという、根拠は曖昧だけどでも確かに感じる期待を僕はもらっていた気がする。

もう少し時間が欲しい。あと数年、生きて欲しい