幸福のヒント?

僕による僕が幸福になるための、ヒント集にするつもりだけど、だいたい愚痴、ときどき妄想、たまに詩っぽいの

仕事

なんだろ?僕の迷い、戸惑いの根源はもしかすると、ここにあるのかもしれないと、今、思った。

 

かつて僕は問うた。哲学者に、と言うか、キルケゴールの研究者と言うべきか?

 

とにかく、僕は問うたのだ、あなたがキリスト者になった理由は?と。

 

でもね、僕が聞けた答えは、多分、僕ってバイアスかかってるからだけど、彼らの切欠でしかなかった。

 

いやさ、特殊な神秘体験だとか、中二病的な狂気の解釈ではなくてさ、僕は僕の理性を、悟性を納得させる答え、言葉が欲しかったのだよ。つまりは理由だ。

 

時々、僕らは勘違いをしてしまう。きっかけと理由を。

 

理由は僕らの価値観に根差し、切っ掛けは、僕らの価値観によって生み出されたストーリーに依存する。

 

多分だけど、キューブリック作品に参加した役者と、シャクレ、失礼、タランティーノ作品に参加した役者とでは求められたものが違うのだろう。

 

キューブリックにはさ、多分だけど、頭の中に油絵があったんだ、変化しない絵画があったんだ。シャクレにはさ、多分そんなもんなくて、単に面白いかどうかって基準で選ばれた絵があったんだろうね。

 

キューブリックは多分哲学者で、シャクレはエンターテイナーなんだろう。

 

キューブリック見てさ、覚醒しちゃう痛い子も、シャクレ見てさガンバっちゃう痛い子も根源は、同じじゃね?

 

何かしら、既存のだろう価値に対する影響を否定できずに引きずられて、何ひとつ、新しいもん産み出せね

 

って自己批判なんだか、怨嗟かわからない言葉発してから言おうか。

 

そろそろ真面目に生きて見ようと思うのだ。