幸福のヒント?

僕による僕が幸福になるための、ヒント集にするつもりだけど、だいたい愚痴、ときどき妄想、たまに詩っぽいの

あけましておめでとうございます

あけましておめでとうございます。

どうぞ、今年もよろしくお願いいたします。

 

さてさて、新年です。

今年はどんな年になるのでしょうか?

ここ最近はもう毎年毎年が微妙に相似条件が整わないのだけど、相似っぽい関係にあるような、ある種安定した年越しでした。4年くらい前まではバリバリ仕事って生き方してたつもりなんだけど、ここ最近は最低限仕事って感じです。それでも、1月は毎年ほぼ休みなしなんですけどね。

それもたぶん今年まで。

新年らしく今年の抱負を・・・

今年は目指せ

「週休2日!」「年間休日110日以上!」「平均残業時間30時間以内!」

のお仕事です。

え?逆にそうじゃない仕事の方が少ないって?

募集要項では、ですよね?実際は、残業時間も多くて、しかも休日出勤なんて当たり前・・・ですよね?そうだと言ってください><

僕の今までの就業経験では、これらはツチノコ級のUMAみたいなものだと思っていたのですが・・・違うんですかね?いや、だとしたら僕はきっと皆さんと違うパラレルワールドの人間なのかも知れません。

ってまぁ、今の仕事の前は自分で勝手にブラックな働き方してただけなんですけどね。今の仕事もそう。実は僕にとっては、残業時間は実はどうでもいいし、年間休日も、もしかしたら実家帰ってきちゃったらどうでもいいのかもしれない。そして、たぶん週休2日もそう。僕のライフワークになるような仕事であれば「1年365日24時間働く」ことだって厭わない。って考えてます。だから世間で言うブラックな働き方しちゃうのかなぁ?

たぶんなんですけど、自分のライフワークとしてできること、自分の手段ではなく楽しみとして仕事ができるのであればきっと僕はそれが個人としては一番幸せなことだと思うのです。昨年ここ「はてな」さんでいろんな人の人生観や仕事観に触れてみて、この想いは確信に近くなっていて、そのためのいくつかの条件が必要だってことに気づきました。

 

条件その1

・自己満足ではなく一番身近な人にも満足してもらえる生活が送れる

条件その2

・世間的な報酬基準と照らし合わせて著しい乖離がない

条件その3

・ビジネスモデル、組織体系がゼロサムではない。

 

個人として満足できるってだけなら条件3だけでいいと思うんです。でも、年齢なのか、実家にいるからなのかわからないけど、僕はやはり家族と言うものの温かみの重要性を感じているのです。

そう、きっと人は一人では生きていくこともできるでしょう。

でも、それじゃぁきっと寂しすぎる。

年を取ったからなのかわからないのですが、主語として純粋な「僕」などの一人称を使うことが少なくなった気がする。社会において「僕」が磨り減ってしまったからかも知れないけど、そうは思いたくないし、逆に「僕」が拡大していると思いたい。このあたりは表現が難しいところなのですが、ん~と、きっと子供のころに覚える親への反発とかって、親の拡大した1人称の中からの脱却なんでしょうね。そんな感じの拡大。会社内で「私」と言う言葉を使うとき、その「私」はもしかしたらその人の所属する部署を内包していたり、社外で「私」を使うときはそこには「わが社」が重なっているようにも思えます。そのときには「私」と言う主語が純粋な一人称ではなくなっていて、何かしらの他者を含んでいたりするんじゃないかなあぁ?

ってなんか哲学っぽいお話になってきちゃったので、このあたりでまとめましょう。

 

今年の抱負!

転職してホワイトになる!

家族を持つ!(結婚するとは言っていないw)

 

以上!

と言うことで今年もよろしくお願いします。