吐く息が白くなり始めたころだった。
銜えタバコのまま自転車をこいで僕は家路を急いでいた。
見たいテレビがあるのだ。
時刻は23時を少し回ったころ、今ならまだ序盤だ。間に合う。
僕は漕ぐ足を強めた。ジリジリと燃えていたタバコはいつの間にか消え、吸い口は食いしばる歯の形がしっかりとついていた。
あの角を曲がれば、3分。カーブを前にスピードを落とすのももどかしく思いながら角を曲がると、僕の足はそこで止まった。
まだ住み始めて半年にもならないマンションの前に見慣れた制服の少女が座っている。
自転車のブレーキ音に顔を上げた少女と目があった。
彼女だった。
自転車を降りて、僕は言った。
「どうしたのこんなところで?早くお家帰りなさい」
そして通り過ぎようとした。
その僕の背中をギュッと掴む彼女。
「どこ行くの?先生のうちここでしょ?」
バレていた。
これまで何度か住まいがバレたことはあったが、待ち伏せは初めての経験。切手の貼ってない手紙をもらったことは何度かあったものの、業務マニュアルに沿って処理ができた。しかし、待ち伏せは業務マニュアルにも対処方法は載ってなかったはずだ。
「いや、まぁそうだけど、どうして知ってんの?」
うろたえて銜えてたタバコは既に落としてしまっていた。
※あとでちゃんと拾いにいきました。
「尾行した。」
いきなりとんでもないこと言いやがった。
「尾行?んなことしてる場合じゃないでしょ?早く帰りなさい。」
さすがに、時間も時間だったので、声を荒げることはしなかったけど、もはやなんとも言いがたい気持ちで、僕は明らかにイライラしていた。
「先生怒ってるの?」
と彼女はあどけなく聞いてくる。
「あのね!こんな時間に・・」
「シーッ!声大きいよ、人来ちゃうよ!」
と僕を遮り彼女は言う。
何か僕が悪いことをしているかのように彼女は僕を諌めた。そして、状況から考えて、誰がどう見てもここで言い争っていたら、捕まるのは僕だと言うことを理解できた。
「どうしても教えて欲しいことがあったの」
「明日でいいでしょ?」
「どうしても今日じゃなきゃダメなの」
「もう業務時間外です!」
「シィ!声大きい!誰か来て困るの先生でしょ?」
こいつわかってやがる・・・。
不承不承、僕は
「じゃ、聞きたいことはなに?」
と聞いた。
「寒い。」
と彼女は答えた。
「え?何が聞きたいの?」
と再度聞く。
「さむい!」
先ほどより大きい声で彼女は言った。
「寒いってなんだよ?早く聞きたいこと言いなさい」
少し声が大きくなりそうだったが、彼女が唇の前に人差し指を立てて警告していた。
「2時間近くも、外にいた少女に温かいお茶の一杯も振舞えない大人にはなりたくないですねぇ」
彼女は小声だけど、しっかりと言った。そして目が少し笑っていた。
こいつ・・・久々に人を殴りたい衝動に駆られた。
「人の家の前で待ち伏せする奴に振舞う茶などない!」
と僕。
「ふぅ~ん、ここでわたしが大声出したらどうなるんでしょうね?」
世の中を憎んだ。正義はどこにもない。
僕は半ばあきらめ、オートロックのエントランスを開け、パスワードを盗み見しようとしている彼女をあしらいつつ、マンションへと入っていった。
部屋の前までの廊下がやけに長く感じた。その間僕の頭の中は、悲しいかな、独身一人暮らしのおっさんの部屋に変なものが出しっぱなしになっていないかそれだけが気になっていた。
ドアの前に立ち、鍵を開け、振り返り僕は
「待て!」
と言った。
すると彼女は手を前に掲げて
「ワン!」と鳴いた。
完全に楽しんでやがる。
ドアを開け、自分ひとり入り、ドアを閉めようとすると、あと20cmと言う隙間に女子高生の細い足がすべり込んで来た。お前はどこぞの新聞勧誘か?
「先生~部屋の前で制服の女子高生待たせていいんですか?こんな時間に?」
この頭の良さを勉強面に使って欲しい。
僕はあきらめて彼女を入れた。靴を脱ぎ、リビングへ向かうと背中から抱きつかれた。コート着たままでよかった。
「離れなさい」
「やだ」
「歩けないでしょ?」
「やだ」
厚いコートの生地の上からでも彼女が震えているのがわかった。僕はどうしていいかわからず、しばらくそのまま立ちすくんでしまった。
彼女の手から力が抜けて、ようやく僕は解放された。
「お茶でいいのか?飲んだらすぐ帰るんだぞ?」
そう言うと、背中でコクリとうなずくのがわかった。
コートを脱ぎ、寝室のハンガーにかけようと寝室に入ると、僕の体で見えなかったリビングが彼女の目に入った。
「さかな~!!!」
と高い声を上げて、彼女はリビングへ走っていった。
当時の僕のリビングにはテーブル水槽があって、彼女はそれを見つけて駆け寄っていったのだった。やっと一人になれた僕は冷静にはなれていなかったが、呪文のように「茶沸かして飲まして帰す」と心の中で唱えていた。
いつもなら部屋着というか、Tシャツにボクサーパンツと言う独身ならではのスタイルになるのだけど、さすがにコートとジャケットを脱いだだけで、お茶を沸かすために呪文を唱えつつリビングへ向かった。
リビングに入る前から気づいてはいたのだけど・・・その光景に信じられず、僕は2,3歩進んだ。足音は聞こえたはずだ。それでも彼女は、テーブルの下にある水槽を見ようと四つんばいになっており、僕の立つリビングの入り口からは彼女の毛糸のパンツと白い足が全部丸見えだった。女子高生のそのような姿はさぞ刺激的だろうと思っていたのだが、実際に見てみるとそうでもない。僕は呪文の詠唱を止め、彼女に向かって
「毛糸のパンツ。見えてるぞ」
と言い放った。
すると、彼女は短い悲鳴を上げて、勢いよく座りなおした。恨めしそうな目で僕を一瞬にらむと、すぐに恥ずかしそうに顔を赤らめた。
僕は少し安心した。
「椅子座ってなさい」
と言い、お湯を沸かした。
一杯分だけすぐに沸くように少量の水を火にかけたおかげで、1分もたたずにお茶は沸いた。
おとなしく待っていた彼女はパンツを見られたことが恥ずかしかったのか、一言も発せず、お茶をすすった。
「で、何が聞きたいの?」
と僕が聞く。
すると彼女は、大きなため息をついて
「ったく、この期に及んで何言ってるんですか?聞きたいことがあればメールで聞きます」
こいつ・・・
「さっきだって、先生を誘惑して既成事実作ろうとしたんです。見せて誘ったんです」
もうね・・・ホント女の子怖い。
さすがに毛糸のパンツに欲情するわけにはいかないので、僕は言ってやった
「あのな、じゃぁ君のために、君の今後のために言っておいてやる。毛糸のパンツに欲情するような奴は止めておけ」
すると彼女は再び真っ赤になってうつむいた。
そして搾り出すように
「どうしても会いたかったの」
と言った。
こっちの方がやばかった。
最大限の理性を総動員して、僕は言った
「ありがとう。そう思ってくれるのは嬉しいよ。でも、それされると仕事クビになっちゃうからさ、もう二度としちゃだめだよ?」
彼女は素直に頷いた。
ご褒美にお魚に餌を与えることを許すと、嬉々としてお魚を見てはしゃいでいた。
何度かパンツを注意することになったけどね。
10分ほどで満足して彼女は帰って行った。
かわいいストーカーを撃退した後に遅い夕食を作り、ウィスキーを片手に見れなかったテレビを悔しく思いつつ、これからを考えていた。
すると、メールの着信。
彼女からだった。
かわいい絵文字と英文。
”I'm sorry but I love you.So forgive me! I don't know what is love,but I really love you."
僕は返信した
"70点、”I don't know what love is"ね。この前教えたでしょ?”
彼女からの返信は
><
だけだった。
もう間違えなくなったかな?大学入ってからも、同じ間違いしてたっけ?
僕はもう君の間違いなおしてあげられないんだからね、しっかり確認してから書くんだよ。
~To be continued?~
えっと、一応フィクションです。
うん。フィクション。
フィクションです。
以上。
一応これの続きです。