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幸福のヒント?

僕による僕が幸福になるための、ヒント集にするつもりだけど、だいたい愚痴、ときどき妄想、たまに詩っぽいの

プロの定義

これまで生きてきて何度となく僕はこの言葉に出会って来た。

 

「プロの定義」

 

スポーツ選手を基準にすると、きっと技能によって金銭を稼ぐだけの能力がある者なんて感じになるんだろう。

 

実際にオリンピックにおける定義はそこだった。最近はショーアップされてしまったから、そうではないのかもだけど。

 

でもね、そんなこと言ったら、お金をもらったらプロだなんて言うと、今度は援助交際してる子だってプロって事になる。なんのプロだかは知らないが。

 

「そもそも、プロなんてのは日本語には無くて···」なんてテンプレートな話をしたいのではないのだ。

 

ぶっちゃけ僕の中の定義は「思ったモン勝ち」だ。勝ち負けの問題ではないのだけれども、意識の問題。プロを自覚する事での効能に注目したいのだ。

 

かねてより、僕は人という生き物が、自分自身に意味を与えて、定義して、自分を何かしらの形で表現したがる稀有な生き物であると思っている。

 

死後の世界も含めて、僕らの生きている世界は因果律に支配されていて、僕らは未来を過去の相似形だと思い込んでいる。しかし、どうだろう?今僕らが生きている世界は爆弾を抱えてバンザイを叫んで、死に旅立てる程に単純であろうか?嫌違うな、そうせざるを得なかった程に、真面目に生きているだろうか?

 

科学が神を雲に上から追放して以降、僕らは、人間は妙に虚しい世界を生きてはいまいか?

 

そう、例えるなら、アダルトビデオが、確かに女優さんたちの演技によって成り立っていると知ってしまった、あの残酷な夜のような、白けた世界を僕らは生きているのではないだろうか?

 

これはまだ多分なのだけど、僕が思うプロってのは、限りなく本当に近い、幻影を作れる人の事だと思う。

 

イチローは確かにプロで、ストイックに野球を究めんとしているように見えるけど、実はあの人には、そうせざるを得ない理由があったのかも知れない。ただ、僕らにはその理由を理解する事が出来ないだけで、実際は彼の立場になったら誰にでもできる事なのかもしれない。

 

ソフトバンクの小久保選手の逸話にこんなのがある。彼は素振りをし過ぎて、素振りをしながら気絶したことがあると。

 

彼は誰かに脅されていたのだろうか?人が気絶するまで、何かを自らの意志で行うなんて、猿が死ぬまでマスターベーションするっていうのと同じくらい愚かしい行動だと思う。しかし、僕はこんな風に愚かしいと言いながらも実は憧れているのだ。

 

んで、結論。

プロって言うのは、自分自身さえ、自分の描く価値観にーおいて、陶酔させてしまう程に何かを好きな人のことなんだと思うのだ。