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幸福のヒント?

僕による僕が幸福になるための、ヒント集にするつもりだけど、だいたい愚痴、ときどき妄想、たまに詩っぽいの

試行錯誤からの突き抜けたい症候群

最近また文章が書けずにいる。

いや、書いてはいるのだけど、公開しないいつもの下書きばかりが増えてしまう状況が続いている。原因はハッキリしているのです。時間があるから詰まると先延ばしにしてしまっている。無職だと時間は本当にたくさんありましたから。

でも明日から新しいお仕事です。

これまでいろいろとお仕事してきましたが、だいたいどの仕事でも1,2年で現場のトップになれてしまった。それだけ単純な現場だったと言うのもあるし、そもそもスタート地点が現場のトップと言う仕事もあった。けど、それ以上に僕はきっと「いい格好したい」んだろうと思う。だから周りから求められた以上の結果を出そうと努力してしまう。

最初のうちは先輩や上司が多くて、多くの上役の人から期待され、それに応えようとして努力するのだけど、やがて現場のトップになると部下や後輩から受ける期待の方が大きく感じるようになる。そして僕はそれに応えようとする結果、上司との板ばさみになることがあった。その状況に僕は「どうすりゃいいんだよ?」と自問するのだけど、自問しているようで、結局は上司と部下の間の調整をしようとしていたのだと思う。そうこうしているうちに段々自分をすり減らし、その仕事に対しての熱意も情熱も失われてしまう。

僕は振り返って思うのだけれども、もし僕に確たる信念があって、自分自身の問題をしっかり意識していられれば、自分自身がどうしたいのかがハッキリとしていれば、周りの環境を言い訳に悔やんだりすることが少なかったのではないかと。

働いていて、自分のやりたいことを「時間がない」と言ってみたり、無職になったら「時間があるから」と言って先延ばししてみたり・・・時間にしてみりゃ「どうすりゃいんだよ?」って感じですよね。結局、僕らのいう時間って言うものは、そこにあるものではなくて、たぶんある種の「ものさし」でしかないのだと思う。その目盛りが「センチ」なのか「インチ」なのか、はたまた「寸」なのか、もしかしたらkgやmlなのかもしれないけれど、確かにそこにあると思われる、時間と言うものをどのように計るかと言うのが問題なのであって、時間がないということは無いのだ。

予てから自分自身にことある毎に言っている言葉なのだけれども

「原因や責任を自分の外に求めている限り人は成長しない」

と言う言葉を改めて自分に投げつけなければと思うのです。この言葉の「原因・責任」の定義は法律で定められていることでは、当然なくて、自分自身で決めた定義でいいと思うのです。と言うか、むしろそうでなくてはいけないと思う。

いわゆる「意識高い系」と言う人たちを僕は嫌っているのだけど、その嫌いって感情の根底には、恐らく、いや確実に近親憎悪がある。僕も意識高い系なのだと思う。

「コンセンサスを構築した上で、メンバー一人ひとりがそれぞれの目標にコミットしてゆく環境づくり」なんていかにもな文章を社内メールで書いては悦に入っているような類の人間ではなかったけど、よそ様から借りた価値観の体系に中途半端に乗っかって、世の中のマウンティング傾向をせせら笑いつつ、自分自身もその尺度で恥ずかしくないところにいることを確認しなければ発言できないような、そんな人間なのです。でも、その尺度ってのは結局のところ、時間に対して僕らが当てている目盛りのようなもので、目盛りの単位や計るものを変えてしまえば違った結果になるような、そんなあいまいなものでしかないのです。

でもきっとね、生きてゆくためにはそのいろんなあいまいな目盛りの中から自分にとってもっともらしいものを選んでゆく必要があるのだと思う。

要するに問題は、その目盛りを社会とか外の世界から押し付けられて受け入れるのか、それとも自分で、自分自身の意志で選び取るのかなのだと思う。

僕が37歳にもなって無職となったことを恥じるのはポーズだし、自分自身が世の中で受け入れられるために必要な被服のようなものだと思っているのです。本音で言えば、僕が恥じているのは37歳にもなって自分自身を決められないところにあるのです。

僕は器用な人間ではないから、いろいろな自分を演じ分けるなんて難易度が高すぎてできない。不器用ながらもそれをやって今まで来たけれども、本来僕は単純でありたい。

これは「坂の上の雲」の一節なのですが、秋山好古司馬遼太郎が語らせた言葉です

 

男にとって必要なのは、

若いころに何をしようかということであり、

老いては何をしたかということである

 

僕はもう既に若くはなく、かといって老いているとは言えない。とすると、今僕は何かをしていなければならないのだけれども、僕は何もできてはいない。

やりたいことはたくさんあるし、ひとつずつでもやって行く。

その中で自分の中にこれぞと思えるものさしを手に入れて、その目盛りで計れる限界まで自分自身を育ててゆきたい。

そんな風に、なんとなく、自分を鼓舞するような文章になっちゃったw

あぁいい感じにまた見切り発車ができました。