読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

幸福のヒント?

僕による僕が幸福になるための、ヒント集にするつもりだけど、だいたい愚痴、ときどき妄想、たまに詩っぽいの

デトックス

毒を吐きます。

無職のおっさんの嘆きと捉えられても構わない。

蟹工船にカタルシスを感じ、世を恨むにも世を恨むほどに世の中に絶望も失望もしておらず、むしろ自分自身の不甲斐なさに嘆くおっさんのたわごとだと聞いてもらえたら嬉しい。

僕の最後の念持として、と言うか、僕が僕であるアイデンティティなのかもしれないけど、僕は格好良くありたい。それを認めるのは、たぶん僕が格好良くないことを自ら認めることになるのだけど、しかし、僕の言う「格好良さ」とは恐らく世間一般の格好良さとは違う、都合の良い格好良さなんだと思う。

「潔さ」と「諦めない強さ」は相反するものだけど、僕はどちらも美しいと思うのだ。

「世界中を敵にしても君を守る」

「老兵は去るのみ」

僕にはどちらも美しい。

いろんなベクトルの価値観。僕はどれかひとつを選ぶことができない。もしかすると、最近強く感じていることなのだけれど、「大人になることは何かを選ぶこと」だとしたら僕はきっとピーターパン症候群なんだと思う。

「生きる」と言うことが、生命活動を維持することならば、それはきっと今の世の中であれば、日本の社会であればそれほど難しいことではないと思う。ただ、それは僕に自由意志があるとしたら、とても受け入れられない現実なんだ。だからこそ、それさえも、僕は生きていることで可能性があるのであれば、それが尊いと考えることもできてしまって、自ら死を選ぶことはできない人間だと思う。もっと正直に言うときっと怖い。

僕はきっと死を望まれても死ねない。潔くなんてなれない。安易に、そして生汚く、執着して固執して、どんなに嫌われても生きて行くと思う。でも、憧れているのは自分で腹を切れることなんだけどね。この矛盾。この矛盾が僕の課題なのだと思う。

いや、もっと具体的になろう。

やっと正社員の就職と派遣社員の就職との内定をいただいた。

これまで正社員でやってきて、正社員として勤まっていなかったのかもしれないけど、僕の中にどこか甘えがあって、正社員で適当にお茶を濁して楽に生きていこうと言う自分、とまでは言わないけど、自分自身が正社員としての責務や求められていることに対して違和感を感じているにも関わらず、魅力を感じてしまっている。

僕の美的感覚から言えば、たぶん派遣社員として僕は自分自身で自分の人生のいろんな細かなバランスを管理してゆかなければならないのだと思うけど、一方で僕はすごく自堕落で甘えん坊で、世の中を舐め切っている。その僕は会社員とか、業界のルールとかと言う正直くだらない仕組みに則って自分の美的感覚と相反した生き方を生きる方が楽なことにも魅力を感じていて、そんな自分がすごく嫌なんだけど、嫌だけどきっとそれが正しい判断なのだと思う。世間的には、ね。でも、僕は世間でいうところのギャンブラーなんだと思う。と言うより、どちらかと言うと反抗期なのかな?

要するにこの世界をどのように見るかなのだとは思うのだけど、そこにも僕は保留を望んでしまう。

最近僕はこの世の中を、運命だとか定説だとか、あるいは「もっとも成功したフレームワーク」だとかって言う言葉に対しての反逆こそが人生なのではないかと思う自分に気づいた。その一方で、現状のルールに則って成功することだってたぶんできると言う自負があったりもして、今回はその選択を迫られているような気がして。

人生のレールなんてものがかつて、尾崎豊の歌で世の中に広く知れ渡っていた時代であれば僕に同意してくれる人もいるのかもしれないけど、あらゆるものがデジタルに、ロジカルに、そして、ランダムだけど統計学的に成功する方法が明示されている時代にはきっと理解はされないのだろうと言うことも理解はしているのだけれど、それもで僕はその生き方に魅力を感じてしまう。

あ・・・

今、気づいたのだけど、哲学者を「問いを投げかけること」であれば、僕は僕が望んだ人生を生きている。

でも、まぁ今はとりあえずでも答えが欲しい。

ま、それは自分で見つけられないときっと何の価値もないんだろうけどね。

結局まぁ自分でどうにかせにゃならんのだろうけどね。

愚痴のひとつも言えない世の中じゃ・・・

って強引にタイトルに無理やり寄せてみましたw