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幸福のヒント?

僕による僕が幸福になるための、ヒント集にするつもりだけど、だいたい愚痴、ときどき妄想、たまに詩っぽいの

正しさの証明

とあるブログのとあるエントリを読んだ。

不思議な気分と言うか、エントリの意味がわからないわけではないのだけど、同調することはできなかった。

とあるカフェの備え付けの新聞をどのようにホッチキス止めするかについてのエントリ。

正直な話、僕が感じてしまったのは

「そんなこと写真まで撮って言及することか?」

と言うものだった。

ブックマークのコメント欄を見てみる。

同意される意見もチラホラ。でも、多数は僕と似たような意見のようだった。

そこで僕は安心してしまう。

それは僕の正しさを証明するものではないのだけど、なぜか安心してしまうのだ。

そもそも、そのエントリ自体が主張していることはひとつの主張であって、僕の感情に何かしら訴えかけるものはないはずなのだけど、書き方の問題なんだと思う。

僕が感じてしまったのは、自分の正義を信じて断罪する正しい人の姿を感じてしまったのだ。他人の正しさを否定することなく自分の正しさを主張するのは難しい。

正しさだけでなく、他人の何かしらを否定するときに人は攻撃的になりがちだ。

僕はそこになんともいえない不愉快さを感じ、今こうして自分の書いている文章にも嫌悪を感じる。それでもこうして書かずにいられないのはどうしてなのだろうか?備忘録と言ってしまえるような感覚ではないし、むしろ正直に言えばたぶん断罪したいのだと思う。「そこまで言う必要なくない?」って。でもそうすることで、自分が指摘したことと同じ撤を踏むと言うジレンマが発生する。

世の中は難しい。