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幸福のヒント?

僕による僕が幸福になるための、ヒント集にするつもりだけど、だいたい愚痴、ときどき妄想、たまに詩っぽいの

マクドナルド凋落と僕の転職と仕事観

小学生のころだったと思う。

地元の県道沿いにマクドナルドができたときは周りで大騒ぎだった。

たぶんもう20年以上も前の話。

当時マクドナルドはもう目新しい存在ではなかったのに、開店後1年間はどんな時間帯でもお客さんがいたと思う。

大学生のころ、深夜バイトがあけて、学校が始まるまでの時間を池袋のマクドナルドで過ごした思い出。似たような境遇なのか、それとも早朝からお仕事の人だったか、やっぱり朝の5時6時でもお客さんがいた。

ここ2,3年。

マクドナルド好きの僕は新商品が出ると必ず買ってみるのだけど、仕事の関係上、行けるのは深夜帯や昼ごろ。深夜帯はもう悲惨。お昼も、ガラガラ。なのに、お客さんが残したであろう放置されたトレーとかがそのままだったりする。

アメリカマクドナルドの創始者は彼のビジネスを不動産業だと言う。何かの記事で「ちょっと座れる場所をハンバーガーで提供している。」みたいなことを言っていた。確かにそうだと思う。

僕はマクドナルドのハンバーガーは嫌いじゃないけど、それを食べたいと思っていくよりは、使い慣れた休憩場所として使う方が多い。もちろん新商品は気になって食べるのだけど、ま、なんと言うか惰性で食べているのは否めない。それも、コンビニに飽きたからって言う理由になってしまっている。そんな目的で行くならば、放置されたトレーはない方がいいに決まっている。

どうしてこうなってしまったのだろうか?

いろんな分析がなされているし、今更僕がしてみてもって感じだけど、多くの分析が示す通り、デフレ経済の中で戦略を誤ったのだと思う。

大学生のころ、カナダで食べたマクドナルドの商品は商品写真とは似ても似つかない物が出て来た。当時の僕は「あぁ日本ってやっぱすごいなぁ」と思ったものだけど、今日本のマクドナルドでも商品写真とは違うものが出てくることが多い。

MADE IN JAPANはもはや為替レートや人件費の問題で成り立たないんじゃなくて、ブランドとして凋落しちゃったんじゃないかと思う。

日本人の労働観も変わってきているのだろう。

デフレ経済の中で多くのものが「安かろう悪かろう」になってしまった。極端なコストダウン戦略では、削られるのは人件費。待遇に不満を持つ労働者から最高のパフォーマンスなんて期待できるものじゃない。結果としてそれは商品やサービスの劣化になる。まぁでも、小難しいことは頭の良い人にお任せして、とりあえず僕が考えているのは、バブル時代の人の心に残した爪痕ってのと、グローバル化の極端な合理化の悪影響が見事に表れたのがマクドナルドの凋落なんだと思う。

もちろん消費者としては、値段の安い商品は大変助かるのだけれども、清原さんが捕まったのと同じように子供のころの憧れや思い出が残念なことになっているのは悲しい。ま、これもこちらの勝手な思い込みなのだろうけど・・・

で、現実問題の僕の転職活動なのですよ。

いろんな仕事をしてきたのだけど、なんかもう次何をしたいのかがわからない。

やりたいことはいっぱいあるんですけどね、仕事としてやりたいことってのが見えなくなってしまった。

アプリだって作ってみたいし、と言うか作ろうとしているし、やがて自分自身で教室開いて子供たちの教育をしたいと思うけど、なんやかんやの言い訳をして何一つできずにいて、またどこかに雇ってもらおうとしている。

現実的に考えたらね、たぶんそれで正しいのだと思うのです。生活をしてゆくために必要な稼ぎを得るために、あるいはその先にある起業のために、自分のやりたいことと少しズレていたって仕事はしてゆくべきなんだと思うし・・・まぁそれよりもまず、僕自身の生活の立て直しが必要なのかもしれないんですけどね。

深夜3,4時に就寝して午前8時に起床。12時に家出て、24時に帰ってくる。それを週に6日。年間休日60日の生活習慣。この仕事では標準的な生活なのかもしれないけど、ライフワークバランス?って点では崩壊している。

仕事=ライフって思えるのならいいのだけど・・・雇われている限りきっと仕事って与えられるものなんだろうなぁ

土曜日に部屋の掃除して、日曜日は自分の趣味に時間を使える。そんな生活を送っていた日々の記憶も薄れ、僕にとってこれが当たり前の生活になって、そしてたぶん収入面を除いてはなんの不満もない。

慣れってこわい。

僕はもしかしたら、僕自身の中で、古臭い「ライフ=仕事」の価値観と、ライフと仕事を別々に考える価値観がせめぎ合っているのかもしれない。