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幸福のヒント?

僕による僕が幸福になるための、ヒント集にするつもりだけど、だいたい愚痴、ときどき妄想、たまに詩っぽいの

現実化する思考

えっと、また備忘録です。

以前の備忘録リカルド・セムラー

 

monknight.hatenablog.com

 について、またちょっと調べていた。彼の言う「経営の民主化」と言う言葉に昨日衝撃を受けた。

そう、考えてみるとアメリカが主導し世界に広く「正しいこと」と認知されている「民主主義」であるのに、多くの組織の場合、その運営が対極にある「社会主義」的な運営をされていると言う事実。

資本主義が抱える矛盾はここにあるのだと思う。資本主義を経済の仕組みと考えると、それを保障する社会の仕組みとして民主主義が必要になるのだけど、その資本の単位、つまり企業内は共産主義的で、社会主義的な世界になる。そして多くの日本企業の凋落はソビエトの崩壊に見るような内部の腐敗から発生している。

一方でいわゆるイノベーション企業って、その内情を体験したわけではないから外側から見た限りにおいて、共通して極めて民主主義的というか、衆愚政治に陥っていないフレッシュな民主主義、民主主義の本来「少数の声にも耳を傾ける」と言うことができているのではないだろうか?

日本企業の経営の民主化

これはまず国の政治や人々の考え方の改革が必要なのだと思う。

選挙参加年齢が18歳に引き下げられたのは素晴らしいことなのだけど、日本の教育はまだまだ18歳に選挙権を与えていいほどに充実していないと思う。大人たちのリアルな社会が局所的社会主義である限り、学校の教育も民主主義を標榜しながらも合理的、合法的に選択肢を狭めてゆく似非民主主義でしかなく、不文律はあってもいいけど、それが絶対の価値観でなくなる懐の深さを獲得しなければならない。この点はもしかしたら、世界的に必要なことなのかもしれない。

ユダヤ教キリスト教イスラム教などの一神教は、本来同じ唯一絶対の神様を信じているので、争う必要なんてないはずなんだけど、今はこんな状態だ。イスラム教過激派が敵対しているのは、他の宗教と言うよりもどちらかと言えば拝金主義社会なのだろう。ISに参画するヨーロッパの「ホームグロウン」な若者たちも、社会的な不遇がなければそのような選択肢は選択しなかったろう。彼らは自分の置かれた状況に絶望し、イスラムの天国に夢を見てしまったのではないだろうか?

一神教が抱える矛盾。

世界が一神教によって完全統治されたとして、同一の価値観によってその中での階級闘争は避けられない。かつて中世のカトリックがそうであったように、教会が神との交信を独占し、そこに現世的な権力が集まってしまう。そのカウンターとしてのプロテスタントなんだろうけど、それもまた結局のところ衆愚政治に陥る。

怒られちゃうかもしれないけど、なんかボクシングの世界に似ているかもね。各団体で世界王者がいて、誰が本当の意味でのチャンピオンなのかがわからない。

ま、それはそれでいいのだろうけど。

問題は、一神教ってそれを内包できない点なんだろうな。

 

ん~思考が行くへ不明になりつつあるので、この辺で終わり!