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幸福のヒント?

僕による僕が幸福になるための、ヒント集にするつもりだけど、だいたい愚痴、ときどき妄想、たまに詩っぽいの

こころ

お休み三日目。

とはいえ、仕事をしてないわけじゃなくて、職場行ってないだけで、仕事はしてるんだけどね。

やっと、心に余裕と言うか、ブログを書いてみようと言う気分になれた。

今回自分がまさかここまで余裕なくなるとは思っていなかった。

ん~何が変わってしまったのだろうか?

やってる仕事は一緒なはずなんだけどね。

肉体的にはね、まだまだイケるんです!全然元気!

で、気づいたのです。きっとね、こうして人は病んでしまうのだろうなって。

 

昔は、そう20代のころは徹夜仕事なんて全然平気だったし、それは実は30代になってもあまり変わらなくて、必要であれば全然できちゃうと思うのです。そうすることに、疑問も何も感じなかったし、「仕事だから」って理由でできた。

でも、今は「仕事だから」って理由でできることが少なくなってしまったような気がするのです。なんて言うか、そもそも仕事って何だ?って感じ。

生きる糧を得るために必要なことであると同時に、やっぱその人の生き様に近いものがあるんだろうね。なんて言うか、今僕は仕事に染まりきる直前に最後の抵抗をしているような感じなのかもしれない。染まりきれてしまえばきっと楽になるだろうし、そうすることで、きっと仕事におけるパフォーマンスも最大になるんだと思う。

そう、つまり覚悟をする必要があるんだ。

僕は果たしてそうなりたいのだろうか?

 

東芝さんの不正会計の件見てて、なんかすごくわかっちゃうのね、大企業病っていうか、内向きに仕事してしまう気持ち。組織が大きくなればなるほど、組織にとっての自分の立場って小さく感じてしまうし、組織そのものが自分とは別の何かまったくの対象として捉えられてしまうような感じ?そう感じちゃったら、自分の評価が高くなる方法があれば、それが倫理的に間違っていたとしても、企業内でのことだったらやっちゃうことあるよね。しかも、それを企業そのものが認めているんだったらなおのこと。東芝人になってたら、悪いことしているって感覚なくやってしまっていたんだろうね。

 

そう、僕は仕事に染まること自体は嫌ではないし、その方が楽になれるって思っている。今の仕事好きだし、やっていること自体は僕にとっても合っていると思っている。でも雇われて続けるには辛い仕事なのかな。仕事に染まることはできても、僕は企業に染まることができないんだ。

自分の理想ってのがあって、それを語れる仕事だからこそ、利益だなんだって観点から考えてやれることが制限される。それが辛い。

僕の時間を高く評価してくれる人がいて、その人のために時間を使いたいけど、その費用を払えなければ僕の時間は提供できない。

個人の資格でそれをやってみれば、そう、僕の時間を「買ってくれている」人に申し訳なくて・・・

だからいっそ、自分で自由になるために、今はお金を稼げるようになることが一番大事なのかもしれない。

そう、そうなんだよね。

その部分の覚悟ができずにいた。

でも、今覚悟した。

あ、なんか心も元気になってきたかもしれない?

こころって不思議だね。