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幸福のヒント?

僕による僕が幸福になるための、ヒント集にするつもりだけど、だいたい愚痴、ときどき妄想、たまに詩っぽいの

酔いどれ詩人

一応、僕は仕事があって、世間的にはまぁ”普通”のおっさんなのかもしれない。

でもね、実は最低な人間。

今、泥酔している。

泥酔しながら、「水曜どうでしょう」の動画見ながら、TMNのElectiricProphetをYoutubeで流して、熱唱してる。君のことを想って。

 

日曜日の昼間から酒飲んで、泥酔・・・ってまでは行かないのかもだけど、とにかくお酒飲んでいる大人に、20年前の僕はなるとは思っていなかった。

壊れている。

そう言われたらもしかしたら、僕は安心するのかもしれない。

「仕方ない」そう言われたら、エクスキューズになるのかな?

僕には何でもできる。

不遜なのかもだけど、親からもらったこの身体は、有能だ。

生物としての強さ、頭の回転数については、一級品。見た目は、まぁ可もなく、不可もなくなのかな?ただ、痩せているときは「70年代アイドル」と言う褒めてもらえているのか、微妙な言葉をいただいたこともあるので、極端に悪いと言うこともないはず。ま、そこは人の好みだしね。

とにかく、親からもらった素材は申し分なかったのにね。

今の自分は、誰の期待にも応えられてない。

期待に応えるのが、僕の人生ではないっていつから思ったんだろう?

中学生ぐらいの頃、僕は自分のそれまでいた世界とは違う世界を知ってしまった。

 

埼玉の新興住宅街。

庭付き一戸建ての家が”普通”である地域。

地元の中学校は県内の公立トップ校に毎年複数名入学させる、”隠れた名門校”。

そんな環境で、僕は中の上ぐらいの成績で、妹は都内有数のトップ校を狙うような優等生。

なんか劣等感抱いていたのかな?

 

塾へ行くことが嫌でサボって通ったゲームセンターで絡まれたあいつら。

喧嘩して、殴り合って、最後にはなんか仲良くなってた。

まるで少年漫画みたいにね。

彼らは、”恵まれて”いなかった。

僕には尊敬できる両親がいて、今でも愛する家族がいる。

でも彼らはには、その家族さえ敵となるような世界しかなかった。

僕はそのときから足元が崩れるような、そんな感覚を抱いている。

可能な限りフラットな人間でいようと思っていた。

家の前にできたアパートに引っ越していた、いわゆる”DQN一家”の暴走族の兄さん。友達と家の前でだべってたら話しかけられた。

友達が乗ってたNSRに興味を持って、「貸してくれ」って。

NSR=現チャなんだけど、レーサーレプリカのバイク

そのお兄さんと仲良くなって、その世界を本格的に知った。

 

常識って言うものが、いかに儚いものかを知ったのもそのときだった。

目の前で人の目玉がえぐられる。それを見て笑っていられる人がいる。

それが、僕の見た新しい世界だった。

不思議と恐怖は感じていなかった。

僕が感じたのは「なんでだろう?」って言う疑問だった。

残酷だし、嫌悪すべきものだと言う感情は芽生えていたのだけど、僕はそれを実行できる人の”理由”により興味を持ったのだと思う。

当時は、尾崎豊が死んで。

それ以後、子供たちを騙してくれる人がいなくなった。

大人たちが作る”管理されたつまらない世界”でも認められるような、そんな価値観は表に出てこなかった。IWGPなんてドラマは比較的、真に迫っていたかもだけど、あれは綺麗過ぎだ。結局、そんな世界も子供たちの純粋な理屈と大人の”歪んだ”理屈”の狭間のジレンマを描ききれていなかった。カラーギャングなんてのも、結局ファッションだったし、当時そんな世界でレジェンドだった人たちが、半グレなんていわれている、実際は半グレじゃなくて、異常者なのにね。

中学のときに知った新しい世界の人たちは、いろんな意味で恵まれていなかった。

その中で僕の価値観は混乱した。それからずっと混乱したまんま。

 

たぶん、僕はなんでもできる。

でも、僕は何もしていない。

そして、それが僕のストレスになっている。

酔った勢いでの自分語り。

格好悪いとは思うのだけど、でも、こうしないと今の自分がいる理由がわからなくてね。

才能とかって、言うと不遜なのかもだけど、きっと学校のテストで70点取れるやつよりは頭のいい奴だったと思う。ただ、その努力をしないだけで、その価値を認めていないだけで。僕も、その価値観といわゆる”エリート”って言われるような価値観もまだ目指せる環境を与えてもらっていた。

だから、きっと、いや自分の選択の結果なのだけど、中途半端なんだ。