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幸福のヒント?

僕による僕が幸福になるための、ヒント集にするつもりだけど、だいたい愚痴、ときどき妄想、たまに詩っぽいの

I said

She said ... 物語

禍々しい雲だった。

窓から見える遠くの山に、黒々と蠢くような雲がかかっていた。

空想上の生き物のように、それはそう生きているような力を感じさせた。

何か意志を持っていそうな、そんな雲。

 

その下は遠目にも雨が降っているのがわかる。こちらへと向かってきていると感じた。

遠くに見えていた雨の範囲が段々と近づいてくる。

やがて、雨音と共に辺りは暗くなり、アスファルトが白い水しぶきをあげるほどに激しい雨が降り始める。薄いガラス窓はヒビでも入るのではないかと思うくらいの音を立てていた。

僕は、そんな外の様子にすっかり心を奪われていた。

どのくらいの時間そうしていたのかわからない。けれど、本当に心が奪われていたのだろう。僕をこの世界に戻したのは彼女の不安そうな声だった。

「せんせ。。。い?」

入口に僕を不安そうに見ているずぶ濡れの彼女がいた。その姿に僕は戸惑った。

「って、どうしたの?傘は?とにかく、拭かなきゃ」

水も滴る・・・なんて表現もあるが、滴るどころではなく完全に水没したような状態だった。僕は、とりあえずありったけのタオルを彼女に与え、彼女のバッグを一心不乱に拭いた。

季節は夏、夏服の制服はジャケットはなく、薄いYシャツ。色つきのシャツとはいえ、それが濡れたらどうなるかはご想像通りだ。僕は目のやり場に困り黙々と鞄を拭いていたのだが、当の本人は

「いやぁ突然降ってきたからさぁ間に合うかなぁ?って思ったんだけど、ダメだったね。最初は傘さしてたんだけど、意味なくてさ、なんかもう途中から面白くなっちゃって傘閉じてきた。」

なんてお気楽そうに髪の毛を拭いている。いや、そっちより先にちゃんと隠せよ。

一応彼女の名誉のために言っておくと、歩いていたわけではなくて、自転車で来たのだった。これが歩いて来たのであれば、ちょっと問題だ。

いつまでも隠そうとしない彼女に僕はどう伝えたら良いのか迷っていた。

本人が意識していないのなら、それをあえて指摘して変態扱いされても困るし、かと言ってこのままと言うのも・・・変に冗談っぽく言っても伝わらなかった時のダメージが大きいし・・・頭の中でいろんな考えが堂々巡りした。しかし、このままでは・・・ええい、と僕は自分の口から何が出てくるかわからない状態で彼女に言った

「あのさ、す、透けてるから、Yシャツ・・・隠しなさい!おじさんには目の毒だから」

そう言うと、彼女はキョトンとして、器用にYシャツを着たままブラジャーを外そうとした。

「な、なにしてるの?」

慌てふためく僕。

「え?透けてるし、濡れてるから取っちゃおうかと思って」

これは天然なのか計算なのか?

一応Yシャツのその部分はタオルで隠れていた。

「パンツも酷いからちょっと絞ってくる!」

彼女はトイレへ向かい、ドアを閉めるときに

「覗いちゃだめよ!」

とニコリと微笑んでドアの向こうに消えていった。

 

僕はとりあえず難を逃れ、一息ついた。

外の雨は激しさを増し、車でさえ動いているのがまばらになった。雨音だけが、聞こえる。

僕はこれからのことを考えた。まず、濡れた制服とかそのままじゃまずいし、雨弱くなったら一旦帰そう。ってか、もうあんだけ濡れてたらこの中帰っても一緒か?でもまぁ車も走ってないくらいだしな、やっぱもうちょっと弱くなるまでは乾かす方がいいかなぁ?絞ってくるって言ってたしね。ん?絞ってくる?え?・・・どんな格好で出てくるつもりだ・・・?僕は恐怖した。

ドアノブに手をかける音が聞こえた。僕の恐怖が実現してしまう・・・ことはなかった。ちゃんと着ていた。Yシャツも絞ったのか濡れてはいたけど、透けるほどではなくなっており、スカートも絞ってヨレヨレにはなっていたが、それまでよりは幾分軽そうになっていた。

その姿を確認してから僕は彼女に動揺を悟られないよう、エアコンのリモコン前に立ち

「ちょっと暖房入れるから、エアコンの当たる場所にいなさい」

と言った。

彼女は

「わ~ありがとう!」

と、エアコンの真下に2脚の椅子を持ち込み、そのうち1脚にタオルを敷いて座った。そして、もう1脚には使ったタオルと靴下、そしてブラジャーをかけていた。

彼女はエアコンの温風を気持ち良さそうに浴びている。

僕には言葉がなかった。

パンツがないだけマシとも思えたけど、でも言わなきゃ。

「どう?だいぶ乾いたかな?」

と僕

「ん~、まだまだだねぇ~さっき絞ったばかりだしねぇ」

と彼女

「そうかぁ。でも、その、ぶ、ブラジャーはもういいんじゃないかな?」

と僕(若干うわずり吟味)

「どうかな?」

と椅子にかけたブラジャーを触ってみる彼女

「まだまだだね!」

がっかりした僕。

 

「あのね、そうじゃなくて、なんで下着外しちゃうの?」

僕はちょっと怒り気味で言った。

すると彼女はまたキョトンとして

「だって濡れてたんだもん」

と不思議そうに答える。

「いや、濡れてたとしてもだよ?もう高校生なんだから人前で下着取っちゃダメでしょ?先生だって男なんだからさ」

と、僕。

「え?先生は先生でしょ?」

と彼女。

「え?なに?」

と僕。

「だから、先生は先生じゃない?」

と彼女。

「・・・もしかして、先生って言う別の生き物とでも思ってる?」

と僕が恐る恐る聞く

「ん~別の生き物って言うか、やっぱ先生は先生じゃない?」

と彼女は繰り返した。

Yシャツは透けることはなくなったものの、それでもやっぱりまだ濡れていて、彼女の身体が女性のそれであることを強調しているようだった。

「う~ん・・・」と僕は唸る。

どうすれば、彼女にわかってもらえるか?少なくとも、喜んでいいのか、僕は男性として見られていないと、その時は思っていた。だから、考えた

「もうすぐ他の子とかも来るけど?いいの?」

と言ってみた。

すると、彼女は少し考えて

「ん~、なら仕方ないかぁ、濡れてて気持ち悪いけど・・・他の子には見られたくないしなぁ」

よし、成功!

彼女は鞄にブラジャーを押し込んだ。

え?そっち?予想外の展開にうろたえている僕に彼女はさらに続けた

「先生、パーカー貸して」

彼女は知っているのだ。僕が自転車通勤しており、普段スーツではなくカジュアルな格好でここまで来ていることを。そして、彼女の目論見通り、僕はその日パーカーを着て来ていた。僕の返事を待つことなく、彼女は僕が更衣室として使っている一角に入り、僕のパーカーを着て出て来た。手にはYシャツを持っていた。

「よしこれでYシャツも乾かせる」

と嬉しそうに言う彼女。

確かに、これで目に悪い姿ではなくなったけれど・・・僕の家へ帰す目論見は見事に外れてしまう。相変わらず雨は強く降っており、禍々しい雲は僕らの頭上にあった。何かしら意志を持っているとしたら、きっと僕にとって良くない意志を持っているに違いない。

僕は半ばあきらめかけていたのだけれど、それでも言ってみた。

「雨弱くなったらお家帰って着替えてきなよ」

僕のその声は雨音にかき消されたのか、彼女から何の反応もなかった。

男物のパーカーは少し大きく、一番上までジッパーを上げていても胸元が怪しい。それを知ってか知らずか、彼女は座っている僕に目線を合す為に、カウンターに肘をついて話始めた。いつもの通り、学校でのこと、通学路でのこと・・・目のやり場に困り、僕はパソコンの画面を見つめ、仕事している振りをしていた。もう、この時からサボリーマンだった。チラチラと窓を見る。雨はまだ止まない。さっき付けたエアコンに部屋はだいぶ暖められ、夏だと言うのに結露し始めていた。

「止まないねぇ・・・タクシーでも呼んでやろうか?」

「やだ、家には帰らない。」

「風邪ひいちゃうよ?」

「大丈夫。」

「じゃお母さんに着替え持ってきてもらう?」

「絶対やだ!」

いつもの彼女とは違う強い語気に僕は押された。

表情も一気に曇る。

喧嘩が多いとは聞いていた。でも、ここまでの拒否反応が出るとは思ってもみなかった。雨音が少し小さくなった気がした。でも、僕は彼女に家に帰るように言えなかった。

母娘の諍いは数多く見てきたつもりだけど、この感じは深刻だ。

雨音がどんどん小さくなってゆき、外もだんだんと明るくなってきた。その変化と反比例するように彼女の顔は暗くなり、僕をすがるような目で見ていた。

僕が弱かったんだと思う。

仕事に徹していれば・・・いや、よそう。

僕は言った。

「わかったよ、エアコンとこにいて、早く乾かしちゃいなさい」

彼女は安心したような笑顔で

「先生ありがとう」

と言った。

その笑顔は、子供みたいで、いや実際子供だったのだけど、それまで僕がドギマギしてしまっていたのが実に馬鹿らしくなった。でも乾いた髪の毛を結びなおそうとする彼女の表情は大人びていた。大人と子供のちょうど中間。好き勝手にあっちこっち行けるズルい存在。彼女はまさにそれだったのだろう。僕は自分の取った行動が正しかったのか悩むのだった。

やがて雨は上がった。

傾きかけ、色づいた太陽に虹がかかった。

僕はまた心を奪われた。

「キレイ・・・」

僕の座るカウンターの向こうに彼女がいた。

彼女もまた虹に心奪われていた。

 

正直に言うよ。僕は君に心奪われていた。

大人びた表情キレイだった。

君は僕の変化に気付いたのかな?

すごく甘い声で

「せんせ~い、綺麗だねぇ」とカウンターに身を乗り出し語りかけてきたね。

さっきから気になっていた胸元。ごめん。一度完全に見えてた。でも僕は見えてない体で

「ほら、そうすると見えちゃうよ!」

と言うと、君は

「大丈夫見えないよ。それに先生なら見られても大丈夫!」

僕はため息とともに言った。

「だから、先生だって男なの!先生がおかしくなったらどうするの?」

すると君は言ったね。

 

「わかってるよ!でも、先生は大丈夫だよ。変なことしないもん。私のこと守ってくれるもん。それに先生になら見られてもいやじゃないし」

 

僕が赤面した。

一生懸命夕日の光だと言い張ったけど。信じてもらえなかったね。

今日も雨があがった。

虹は出ていない。

あの禍々しい雲もどこかへ消えた。

それでも

今こうして君を思い出すのはなんでかな?

 

~End~

悲しい想いは悲しい思い出を呼び起こすのかなぁ?