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幸福のヒント?

僕による僕が幸福になるための、ヒント集にするつもりだけど、だいたい愚痴、ときどき妄想、たまに詩っぽいの

男女格差について

僕はフェミニストではない。

そして、これからもフェミニストにはならないだろう。

女性を保護すべき対象とは思えないからだ。

僕の周りの女性は強い。むしろ僕が守ってもらっているような気がする。

だから女性を尊敬しているし、大好きです。

別に女性に媚売るつもりもないけど、ってこの「媚」って字って酷いですね、心から女性を尊敬しています。特にお母さん。

子供を育てつつ頑張っているお母さんに感謝しています。

と、何故突然こんなことを書き出したかと言うと・・・

こちらのエントリに触発されて勢いで書き始めました。

c71.hatenablog.com

反対意見とかじゃなくて、どちらかと言えば支援のつもりで書いています。

ただ、以下のような注意事項がございますので、ご了承いただける方は是非読んでみてください。

●注意事項●

そんな僕が、書く男女格差論です。中にはご不快に感じてしまうことがあるかもしれません。普段の創作的な内容とも違いますし、文体もそれに合わせていますので、捉え方によっては攻撃的な表現に捉えられてしまうかも知れませんが、その意図はございません。

 

女性は好きだけど、特に女性が差別されているとか、女性の扱いが酷いと思ったりしたことはなかった。

でも、事実として身近な女性の例をあげると国立大出身の妹は、私立大出身の僕より年収が低い。もちろん、その後の職種などにも拠るところが大きいのだろうけど、資料を見た後だと、なんかそれだけではない気がする。まずは、このページのデータをご覧いただきたい。

nensyu-labo.com

フルタイム・パートタイム混在のグラフだと言うのは頭に入れていても、この差は酷すぎる。世の中の20%程度の女性しか、東京で一人暮らしをすることはできない。いやできていたとしても、生活するので精一杯の暮らしなのではないだろうか。

今まであまり意識してこなかったのだけど、これまでの仕事で女性と一緒に仕事をしてきたことがある。これまで幸いにも僕が一緒に仕事させてもらった人は女性だろうが男性だろうが人格的に尊敬できる人が多かった。だから、と言うわけではないのだろうが、これまで「女性だから」と言う理由で何か仕事上で困ったことはなかった。せいぜいあったとしたら、惚れっぽい僕が惚れて困ったことぐらいだ。

僕が、僕の感性が特別女性に甘く、僕だけがこのように感じているのだろうか?僕は多少ドMでマザコン、女好きの傾向はあるけど、特段日常生活に支障が出るレベルの問題ではないはずだ。となれば、男女のほとんどが同じように感じていて、何故ここまでの待遇格差が生まれてしまうのだろうか?そこで僕なりに考えてみた。

設備投資的な観点からの女性像

旧来の考え方と言うか、日本企業の所謂「終身雇用制度」と言うものは、採用した社員を終生雇用することから社員の忠誠心を高め、人材の流出を防ぐメリットの他に、将来の昇給を約束することによって初期費用を低く抑えられるといったものがあるのだろう。新卒学生がいきなり第一線で戦力となることを見越して採用している企業は少ないし、戦力になるまでの期間のコストを考えれば、初期導入の費用は低く抑えられることが望ましい。その点は、企業側の立場に立って考えても理屈としては理解ができる。

新人が第一線で戦力となるまでの期間を、仮に3年と考え、その期間を完全にコストとした場合、一般的な新卒学生が22歳で入社したとなると、25歳から企業はその人材を戦力として期待される。企業はその人材に対する投資分を25歳からの働きで回収する見込みを立てて採用計画を立てているのだとしたら、3年~5年で転職・退職・休職されるとその投資は失敗したこととなる。この考え方に則って投資先を検討すると、結婚・出産による戦線離脱の可能性がある女性は投資先としての魅力に欠いてしまうのではないかと思う。しかし、それは10年前までのデータであれば、ともいえる。以下の統計を見てみると、この10年で男女共に結婚年齢は高齢化しているが、女性の高齢化が著しい。この統計データが示すところに拠れば、男女における投資先としての差はなくなっていると言えるのではないだろうか。

www.mhlw.go.jp

しかし、現実はそうではない。結婚がそのまま女性の戦線離脱を意味する時代ではないし、むしろ結婚後も働く女性が増えているのは僕がこの仕事をしている8年間でかなりハッキリとした傾向として感じている。日中に連絡の取れるお母さんが少なくなっている。

僕は、ある程度育った子供の相手には慣れているものの、生まれたばかりの子供に関しては、まったく経験がなく、想像するしかないのだけれど、話を聞いたりする限りそれはブラック企業のような条件で、しかも金銭的には無償の労働と聞く。(それ以上に魅力のある時期でもあるとも聞きますが)その間は、やはり他の労働をする余裕はなくなってしまうことだろう。しかし、この期間とて男性が代われないわけではない。器質的に男性は母乳を出すことはできないが、それ以外のことは代われるはずだし、様々なサービスを利用すれば別に女性がこの期間に働けない絶対的な理由にはならない。事実、うちもフルタイムで働いているお母さんの子供が、託児所のように使い、お母さんのお迎えを待っていることもある。それどころか、小学1年生の子は僕が学童まで迎えに行きさえした(よく頑張った僕!)

以上のことから、ライフイベント的に考えても女性と男性の投資先としての優劣は性差によって決定付けられるものではないと言えるのではないだろうか。

では何故これほどの格差が生まれているのだろうか?

古臭いジェンダーに支配された世界

伝統と言うものを否定するつもりはないし、その中には必要なものもあることは認める。ただ、必要がなくなり消え行くべきものを一部のノスタルジーを根拠にいつまでも保護してゆく必要は感じない。固定化されたジェンダーはその最たるものだと思う。

しかしながら、ジェンダーそのものが無くなることはないと思っている。その形を変えても、他の文化的な機能と同様にある程度必要なものだ。個々の事象に対して都度詳細に評価をしてゆくには、この世界は複雑になり過ぎており、ある一定のラベリングを行わなければ日常生活も立ち行かないほどにモノにあふれている。

社会の構造として、権力構造というものは、過去の価値観において優れたものによって現在が支配される。その期間の長短はあるものの、この構造は自体は変わらない。戦後学生紛争などに参加せず、只管に旧来のシステムでの競争で勝ち残った人たちが今の日本で権力を持ち、その人たちの価値観が優先される。元々優秀な人たちだから、誰もが疑問を感じながらも具体的に抗うことをしないような微妙なさじ加減の中で僕らの社会は運営されている。

この仕組み自体を変えることが男女格差をなくすためには必要なのだけれど、僕はそれを望まない。男性だからそう言えるんだと言われれば、返す言葉ないのだけれども、急激なシステムの変更には多大な犠牲が発生してしまう。

せめて僕にできる範囲で変えられるところは変えてゆきたい。

やっぱり最後は力業。

いや、書こうと思えば書けるのだけど、そろそろお出かけするのです。

気が向いたら、また書きます。

ただ、なんとなく、あのね、”底辺男子”のときの議論でもそうだったのだけど、男だからとか女だからとか、そんなんで無駄に叩き合いたくないんです。それぞれが社会問題だと思うのならば、マイノリティを御旗にあげて対立構造を作り出すのってすごく無駄だと思うの。

そんな雑感的なものから書いてみました。

僕の願いは、頑張るお母さんお父さんが幸せになって、幸せな子供が増えることです。

この願い届くかな?

 

でわ^^