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幸福のヒント?

僕による僕が幸福になるための、ヒント集にするつもりだけど、だいたい愚痴、ときどき妄想、たまに詩っぽいの

子供に教えるということ

考えたこと

ウィスキーが美味しいです。

安いヤツですけどね。

琥珀色の液体が、ロックアイスで冷やされて、喉を通るときはヒヤッとしてカァーって熱くなる。

喉元過ぎても熱さ忘れず。

ま、飲みすぎたら記憶飛んじゃいますけどね。

 

さてさて、これまで僕は仕事を”教育関係”とのみ言ってきました。

そして、これからもそれは変わりません。(転職するかもしれませんけどね、要するに仕事の職名はこれからも”教育関係”と名乗りますということです。)

それと言うのも、自分自身は「先生」と呼ばれる仕事ではありますが、免許もありませんし、その自覚もありません。ソクラテスになりたいソフィストってところでしょうか。

ご想像される仕事でたぶん間違いないでしょう。

でも、それはまぁおいといてもらって(僕の発言がその職に対する世間のイメージからかけ離れているのは重々承知しております、でも僕はそんな人間なのです)

子供を教えると言うことについて、語らせていただきたいと思います。

日々、子供を教えていると感じるのは、「教育」と「強制」の違いが何なのか?と言う疑問です。

特に英語を教えている時に思うのですが、「受動態」だとか「現在進行形」だとかって、あれ思うのですが、間違いを教えていませんかね?と言うかそもそもBe動詞の教え方が間違っているような気がします。

高校で現在分詞やら過去分詞が突然形容詞として働いて子供たちは混乱します。それは中学の時にならった「現在進行形」「受動態」がBe動詞+~ingで「~している」と訳すだとか、Be動詞+過去分詞で「~されている」と訳す、とだけ教えられていたものが前置修飾だとか、後置修飾だとかって言っても混乱するだけです。さらに”無生物主語”なんて出てきた日にゃもう大混乱です。もしお近くに子供がいる方は試しに聞いてみてください。「形容詞」と「副詞」の違い。もしかすると大人でもちゃんと説明できる人は少ないかも知れません。でも、学校の授業ではそんな言葉がポンポン飛び出て子供たちを「わかったつもり」にさせてしまうのです。

生徒は、理屈を学ぶのではなく「この場合はこう」と言う条件反射的な対処方法を身につけるだけです。

別に理屈を理解している必要が無いと言われればその通りだと思いますが、理屈を理解しないから応用が効かないんじゃないんでしょうかね?どの道いい点数とっていい成績取ればそれでいいのでしょうか?そう考えると、教える側の都合としては「詰め込む」のが最も効率的です。自分で考えるのではなくて、いくつかの条件分岐のパターンと公式を覚えこませるのが一番楽です。

 

プログラミングと子供を比較するのは間違っていますが、簡単なIF文を身に着けることが勉強なのでしょうか?今の僕の仕事はまさにその「勉強」をさせることです。

 

今の子供たちを見ているとマニュアルにあふれていて、何をすればいいのかはわかっていて、物質的にも、機会的にも恵まれている子が多いと思います。しかし、一方で彼らは「何をしたいのかわからない」のです。

僕は本当は子供たちにそれを考える術を教えたい。

そのためには、かねてから申し上げていますが、大人が幸せであることが必要だと思います。

「天の岩戸」の話ではありませんが、子供は楽しそうなもの、面白そうなものに興味を抱き、放っておいても子供たちは考え、学んでゆきます。ゲームがいい例でしょう。ポケモンやら妖怪やらあんなに沢山のキャラクタの名前や属性、攻略方法など諳んじている子供がアルファベットや九九の計算を覚えられないのは何故でしょう?面白くなく、試行回数が少ないからです。人の記憶能力にはそう大きな差はありません。問題は価値付けの強度の差だと思います。アルファベットや九九を覚えることに大きな価値をつけることが出来た子は試行回数が多くなり、結果として覚えるのです。

必死に勉強して、必死に働いて、それでも不幸な大人に育てられて、必死に勉強しようと思う子供がいるでしょうか?

よく「自分が勉強しなくて苦労したから子供にはしっかり勉強させて苦労をさせたくない」と仰る方がいらっしゃいますが、子供はその言葉を聴いても「お父さんみたいになりたくないから勉強がんばる」とは言いません。そんな事を言われる親は何かしらの問題が別のところにあると思います、が、それはまた別のお話。

で、僕はそれを言うのであればこう言ってもらいたいのです。

「自分は勉強しなくてもこれだけ幸せになれた。だからもっと勉強していたらもっと幸せになれたはずだ、だからこの子にはもっとが頑張ってもらいたい」

と。

飴と鞭などと言いますが、鞭を振るう手はやがて疲れ、鞭の痛みもやがては慣れてしまうものです。その鞭で子供を強制するのではなく、子供の意思で自分の責任において選び取る経験を積ませて欲しいのです。

 

 

ん~ウィスキー美味しい♪

喉元過ぎても忘れないけど、そろそろ酔いすぎて忘れそうなので、備忘録的に^^

おやすみなさい。