僕は自分には心がないと思っていた。
他人がどう思っているかなんて僕にはわからないし、僕が感じたことが、同じように他の人にも感じられているかなんて、自信がなかった。心って何なのかわからなかった。
だからいつしか僕は、周りの真似をするようになっていた。
最初はね、すごく大変だったよ。「あ、ここでみんな笑ってる、よし僕も!」って感じで笑うんだけど、タイミングが少しずれてたみたい。でも、そんなことを繰り返しているうちに、段々自然とどのタイミングで笑えばいいかわかってきたんだ。それが面白いかどうかもわからないけど、「あ、これ面白い事だ」と言うのはわかったから。
きっとみんな僕に心がないなんて気付いていない、そう思えていたんだ。
でも、どこかで怖かった。いつか、いつの日にか僕に心がないことがばれてしまって、みんなから仲間はずれにされるんじゃないかって、いつも怖かった。心のない化け物。表面だけ真似する別の生き物。そういう僕がばれてしまうのが怖かった。
不思議なものだよね。あれだけ一生懸命隠してたのに、わかる人にはわかるんだ。ある女の子が僕に言った。
「ねぇ、人に合わせるの辛くない?」
それを言われたときに、僕の中を何か冷たいものが貫いたようだった。暑くもないのに汗が出てきて、呼吸もあがっていた。それでも、平静を装って聞いてみた「なんのこと?」って。僕の脳みそまで見透かしてしまいそうな目で彼女は僕をじっと見つめて。言うんだ
「そう、合わせているわけじゃないんだ?ならいいの。忘れて。」
そう言って僕の前から去ろうとする彼女を僕は引き止めていた。なぜそうしたのかはわからなかった。そして、次の瞬間に僕の口から出た言葉は僕自身をも驚かせた。
「なんで、わかったの?」
そこから、僕は彼女に自分に心がないことを、心と言うものがわからないことを打ち明けた。そして、これまでの努力やどれほど苦労してきたかという話をずいぶんと長い間話していたと思う。その間ずっと彼女は真剣に僕の話を聞いてくれていた。僕の中に何か温かいものが満ちて行くのを感じた。
彼女は僕の話を一通り聞いたあとに、すてきな笑顔を見せてこう言った。
「バッカみたい。でも君面白いね!『オズの魔法使い』みたいじゃん」
彼女が言うには僕には心があり、ただ真面目に考え過ぎていただけらしい。彼女は面白くもないのに、他人に合わせて笑ったりすることに疲れてしまって、必死に他人に合わしている僕に興味を持ったと言っていた。そして、さらにこう言った。
「あのね、他人に合わせてばかりいるとさ、どんどん自分がすり減っちゃって、最後には消しゴムみたいに消えちゃいそうだって感じてたんだよね。だから案山子君。君の心を私は救ってあげたのだよ!」
と。さらに素敵な笑顔とともに声をあげて笑っていた。
僕には彼女の心はわからなかったけど、僕の頬は緩んでいたんだと思う。
僕はオズの案山子。未だに自分に心があるか自信はないけど、少なくとも僕はきっと彼女のことが好きなことだけは自信を持てるかも知れない。