人はなぜブログを見るのか?作るのか?
結論:ブログって言っても所謂CMSなんですよね。だから情報を求めてたどり着いた場所がブログってことなんでしょうね。作る側の意図は?ん~これは人それぞれなのかな?僕の場合は日々の考えたことや備忘録的な意味合いが強いのだけど、さらに言えばお小遣い稼ぎもできたらいいな、なんて思ったりもしているけど・・・でもたぶん一番強い欲求は承認欲求なんでしょうね。
そう、寂しいんです。
たぶんですけど、僕は仕事の割りにいいお給料をもらっている方だと思うんです。そして暮らしぶりは収入に見合わず贅沢(だからお金貯まらないんだけどね><)で、同業者の雇われの身からしたら羨ましがられるのかもしれない。でも、自分自身で羨ましがられるほどに幸福を感じてはいないんです。もしかしたらお子さんの成長記録的なブログやいかにも幸せそうなブログを書いていらっしゃる方もそんな「幸せの自覚」ができないでやっていらっしゃるのかもしれないなと思ったりもします。
ま、あとは単純に文章書くのが好きなんでしょうね。
タイピングの速度は実は自信があって、元々の仕事もある程度関係してますが、ISDNの時代からYahooチャットとかでチャットして鍛えた賜物ですwこのタイピング速度で、自分の口で音声を発するのと同じくらいか、それ以上のスピードで自分の考えが文字になってくのってやっぱ快感ですからね。
僕が他人のブログに求めるもの
あえて「僕が」と入れましたけど、僕だけじゃないと思いたいのですが、ブログっていうある種の一方通行の媒体で、その気になればコンタクトも取れる媒体って言うのもひとつ大きいんじゃないでしょうか?先に書いたチャットとかだと、即時性が求められるけど、ブログって相手のまとまった考えをひとまず検討する時間的猶予もあるし、一呼吸おける安心感みたいなものを僕は感じています。それとそのブログの作者の考えに触れられるのってすごく面白い。LineとかTwitterももちろんその手のことも可能なんでしょうけど、やっぱり即時性が求められて考えなしの言葉を発してしまうのが怖い。もちろんブログにも感情的な面を押し出している人だっているし、斯く言う僕も感情的にならないわけでもありません。それでも脊髄反射のような行動は慎めるので僕はブログって形は安心できると感じています。
結局ブログって
中途半端なコミュニケーションツールなのかな?
ご意見求む!的なことできたらもしかしたらもっと面白いのかもしれない。苦労も多そうだけど。今度実験してみます!